たいへん遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。
次男は順調に成長しております。
幼児時代の天才ぶりからは想像もつかない程、普通~になりましたが(笑)
自宅での練習をたまに見てますが、やっぱあれですね、長男のとき程の熱量は出ないっすね。
長男は、所属してたチームの監督が保育園時代から一緒の同級生でしたので、アイツをなんとか勝たせたいという一心で、長男の生まれ持った能力からすると過剰ともいえるくらい技術的なところを鍛えましたけれども、次男は、まぁいいかぁってな感じで、チームの練習はおろか自宅練習を見ることすらあんまりありません。
燃え尽き症候群ってやつですかね(汗)
ただ、長男で得た教訓というか反省というか、そういったものが確かにあって、そこは生かしたいよねってことで、どうせやるんなら面白くやろうよってな風に、次男には話してます。
その代表的なのが、
両投げ両打ち
です。
「大谷君が二刀流なら、けんとは四刀流ばい!」
自宅での練習では、右投げの次男を右で投げさせることは一切せず、左投げの練習だけさせています。
去年の映像ですが、こんな感じです。
今はもっと良くなっています。
投げ方としては、右よか全然いい。
手直しするところは沢山ありますが、三年生ですからまぁこんなもの。
ぼちぼち、です。
やってるのは、長男にさせてたことばかり。この辺は経験ですね。
本格的に初めて半年くらいでこんくらいになるのですから、なかなかなものです。
目指すところは、右で野手、左で投手のスイッチヒッターです。
どうせやるんなら、面白い方がいいやないですか。
長男はセカンドでしたけれども、やっぱ内野は華があるっすよね。
私は外野だったんで、特にそう思います。外野はヒマだ。
なので、内野手にしたい。
でも、サウスポーピッチャーを見たいという夢も多少ある。
なんかわからんですが、左投げって格好良く見えません?
というわけで、両投げなんです。
サードショート内野守ってた次男が、ピッチャー交代をつげられてベンチに下がって左グラブをはめてマウンドに上がる。
格好よくないですか?想像するだけでワクワクします。
チームの指導者の考えもありますから、実現するかどうかはわかりませんが。
しかめっ面して野球したってしょんなかですけんね。
昨年夏以降、私の母の具合が思わしくなく、倅の野球どころではありませんでした。
母は結局、1年半の闘病の末、昨年末に天に召されたのですが、最後の最後まで沢山のことを教えてもらいました。
倅にとっても私の母の存在は大きかった。
私にアホほど叱られた後なんか、フォローしてくれるのは決まって母でした。
宥めたり叱咤したり、私の意図するところを良く酌んで倅に接してくれる唯一無二の存在だったのです。
もらった沢山の恩は、祭祀を絶やさないことで多少なりとも報いていければなと。
母を亡くすというのは、想像してたより遥かに心にダメージを受けるもので、特に私はお母さんっ子だったので、しばらく気持ちの平衡を失っておりました。
四十九日も終わり、やっとここに来て前向きな気持ちが出て来ましたので、見てくれてる方は最早いらっしゃらないかもしれませんが、当ブログを再開したいと思います。
もしよかったら、見てやってください。
4人兄弟の末っ子で甘えん坊の暴れん坊
兄の影響で野球大好きになり、朝から晩まで野球の幼児期を過ごす。
小学校入学後は漫画「ハイキュー」や「黒子のバスケ」に影響され野球への関心が薄れるも、同級生に勧誘され小3の2016年5月、ついに野球の道へ足を踏み入れる。
始めて1年足らずで4年生ながらセカンドでレギュラー格に抜擢され、5年生時はサード、6年生時はショートでチームを支える。6年生時は年間打率.371、本塁打13本、打点78を記録した。
中学は、学童のチームメイトと袂を分かち、週末は硬式野球チーム・平日は陸上部という二刀流に挑戦。
入団早々レギュラーを獲得し、1年生ながら5番サードに定着。中学3年ではキャプテンに指名され、野球人生で初めてチームを牽引。九州代表にも選出される。
陸上では100mと投擲(砲丸投げ)を主とし、新人戦では投擲で自己ベストを更新し県大会出場を果たし、3年生の中体連では区大会優勝。
高校は愛知の私立高校に野球留学。入学1週間でベンチ入りし決勝犠飛。結果を残して背番号12で夏大のベンチ入りをし、2回戦では4番デビューを果たす。
右投右打 B型